農場で働く人
小作人の在賀耕平です。
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、銀座にある人材ビジネスのベンチャー企業に就職。ここで妻と出会う。当然この時は、農業をやるなんて露ほども思っていなかった。その後、ソフトウェアベンチャーに転職し、コンサルタントとして、いろいろな会社といろいろな仕事を経験させていただく。
2007年夏、消費至上主義的な世界に限界を感じ、10年20年後に最も「喰っていける」職業だと思った農業への転身を図ることを決意。妻に話したら、意外にも快諾してくれたので、調子にのって、数年後にと思っていた転身を急遽一年以内に変更。
2007年11月、農業の師匠となるのらくら農場の萩原さんと出会い、勝手に運命を感じる。萩原さんは多分日本一農業をたのしそうにやっている方で、ポジティブなパワーに圧倒される。
師匠を見ているうちに、農業で結構食っていけるんじゃないかと勘違いしてしまい、勢いで会社に辞表をだしてしまう。
2008年4月に、のらくら農場に丁稚奉公に入り、農業のいろはだけではなく、田舎暮らしのABCまで、ほんとうにいろいろなことを学ぶ。
土いじりが好きでとか、田舎暮らしに憧れて農業をはじめたわけではなかったが、思いのほか農業にハマりだす。自然環境と植物生理をみながら、次のアクションを決めて行き、いい結果がでたときは、料理がバッチリ美味しくできたときのように嬉しい。
妻の季代(としよ)と申します。
多くの方から「かもちゃん」と呼ばれています。理由は旧姓苗字の名残りですが、夫からもいまだにそう呼ばれています。
1980年生まれ。東京の下町で生まれ育ち、土いじりなどしたことがなく、大の虫嫌いで、まさか農家になるなんて微塵も考えたことはありませんでした。
青山学院大学経営学部卒業後、人材ビジネスのベンチャー企業に就職し、営業をしていました。その後、同じく銀座にある広告代理店に転職し、新規事業として美味しい樽詰めビールにこだわったBARを出店し、店長(通称:女将)としてお店を切り盛りしていました。
2007年夏、夫から突然、「農家に転身したい」と打ち明けられました。「今まで農業とは一番遠いところにいた人なのに、一体どうしたの?!」と驚いたものの、私なりに農家として生きていく人生を真剣に考えてみました。
その結果、今後日本が迎える時代において、人間にとって最も重要な食糧を作っていく農家の仕事に未来を感じました。それまでとても恵まれてきた東京での生活を180度変え、厳しくも日々「生きている」ことを実感でき、地に足をつけた生き方である百姓の道を、夫と一緒に歩んでいきたいと思ったのです。
2008年春、周囲の反対や心配をよそに、長野県南佐久郡にある日本でトップクラスの有機野菜を作る「のらくら農場」(代表:萩原紀行氏)のもとへ修行入りをし、その1年後、夫とふたりでGolden Greenを開業しました。
~百姓に転身してみてひとこと~
「あ~あ・・・夫が農業したいって言った時、反対すれば良かった・・・。超・後悔!!」
な~んて1ミクロも思っていません。
夫へ 「素晴らしい人生を切り拓いてくれて、ほんとにありがとう!!」